旅する蝶その2

2年前アメリカを旅した時ニュージャージーの郊外でカーディナルという赤い鳥を見た。その極彩色の鳥に興味を持ち、本を購入し調べてみた。ゴールデンフィンチも美しいし、ハチドリもきれいでアメリカの鳥たち、そして自然界の生き物に俄然興味がわいた。旅行中生き物をじっくり観察するスケジュールを入れてなかったのだが、日本へ戻る日の午前宿泊先から近いニューヨークの博物館をみた。アメリカの四季や自然の昼夜の情景を再現し、まるで生きてるかのように動物を配置した秀悦な博物館だった。そこにたまたま蝶の温室があることに気づき誘われる様に入った。たくさんの蝶たちを眺めながらアメリカで有名な蝶はどれかと女性の解説員に尋ねるとオオカバマダラを指し熱心に説明してくれた。彼女の英語の説明を全て理解したわけではないが、その蝶はとにかく長い旅をするらしい。しばらくその蝶に見惚れていた。その後今年八甲田山でアサギマダラに遭遇し私の不思議な巡り合わせは始まる。
だいぶ前の話しだが、Kさんというおばさんに私は遭う。偶然の縁で知り合ったのだが、当時Kさんが弘前在住だったこともありたまたま市内で開催したわにもっこの展示会にも来てくれた。立ち話だったが私が木工をする上で「木の周辺」を大事にしてること、木に集う虫や鳥や動物を観察することは仕事上とても大切なことと伝えた。するとKさんはアメリカにオオカバマダラという蝶がいてその蝶はとても長い旅をする蝶であること、食草はガガイモ科の仲間であることなどいろいろと説明してくれた。その後一冊の本とガガイモの種を頂いた。今でこそ「木の周辺」は自分自身ようやく理解し始めてきたのだが、当時はまだ本を片手に独学で木の樹形や葉、きのこや植物、木につく甲虫類と動物や鳥を覚えるのが精一杯で蝶類はどちらかといえば後回しになっていた。せっかく頂いた本も三分の一ほど読んで又なにか機会があればとしまっておいた。13年程前の話しである。

旅する蝶 その1

今年の9月に八甲田山付近で初めて野を飛ぶアサギマダラを見た。
一瞬の出来事だったがその美しさは目に焼き付いている。
蝶のことを詳しく知ってるわけではないが、蝶にはとても深い関心を持っている。というのは自分のライフワークである「木の周辺」を研究する上で欠かせない生き物なのだ。
食草や蜜源など植物、樹木との関係も深い。
なかでもアサギマダラは日本で唯一のマダラの仲間で浅葱色の大きな蝶だ。
その見事なまでの翅の美しさ。
この美しい翅を広げ台湾などに飛んでいく。
何千キロとこの小さな蝶が旅をするのだ。
どういう風景を見てるか知る由もないが、ヒラヒラと舞い遠くへ旅する情景は想像するだけで愉しい。

アキッレ カスティリオーニ

先月、荻野克彦氏のデザイン講演会とその後の飲み会でカスティリオーニのデザインの話になった。
実は9月のシードルキャンプでもカスティリオーニの照明で友人と盛り上がった。
硬派なデザインのフロスのアルコやジビジャーナ。
一方でそんなことやる?といった車のヘッドランプのトイオやトラクターのサドルをスツールにしたザノッタのメッザドロ。
イタリアデザインの代表的な面白さと奥深さを見たのは20年前の新宿オゾンでのカスティリオーニの大規模な展覧会だった。
今改めてその展覧会のカタログを見る。
今年はなんとアキッレ カスティリオーニ生誕100年ではないか。
日本はメディア優先で、淘汰されていく秀悦なデザインと衰退していく地方の自然素材のものづくり。
本質のデザインではなくスタイリングが重宝され本物さえ霞む時代。
秋の夜長になんだかちょっとした運命を感じずにはいられませんでした。

 

1年に数回の壁

自分の戒めとして、年に数回ほど今まで作るチャンスがなかった技術やカタチにチャレンジしています。
新しい技術や難しい技術と量産がテーマです。
家具を作ったり小物を作ったりします。
今年は器にしました。
新しい技術はその発想も大事です。
また技術ができても量産できなければ商品になりにくいので落としどころやおさまりも考えます。
戒めというのはそのほとんどが約半月以上の研究開発の製作になるので仕事にならず、その間無給になります。
通常の商品開発やプレゼンサンプルも含めるとどのくらいの時間になるか末恐ろしいのですが、それでもこの壁を乗り越えれば大きな経験と成長になり製作の下地がぐっと広がり、次につながると信じています。
こんなことを毎年してます。
今年はこの2種類で終わりそうかな?
市松と矢羽模様をはめ込んだ長木皿  仕上げウレタン
製材板を折り曲げた盛器  仕上げ拭き漆

 

企画提案

25年程前にアウトドアメーカーの商品開発に携わらせて頂いた事がある。
先方はどちらかといえばステンレスの金物を使った製品を得意としていたので木と金物を組み合わせた「インドアでも使えるアウトドア商品」というコンセプトにした。
当時は企業に企画提案などした事もなかったのでコンセプトは良かったが、モデルも含めプレゼンの中身は散々だった。

それでもいくつかの商品が生まれそこそこ売れた。
この企画提案の話を振ってくれた東京営業所のS所長さんには本当に随分とお世話になった。
今でも当時の稚拙な打ち合わせや企画提案、モデル製作などを教訓にしている。
それにしてもそのアウトドアメーカーがその後次々と名作を生み続け自分がキャンプでその名作を使っている25年の巡り合わせ。
今度は少しはまともな企画提案ができそうなんだけどね。

 

下地を持っているか


新しいことをしようとするときそれに対する惜しみない時間や学習、金銭的な投資をするかどうかで完成度が違ってくる。
この工程を自分の中では下地と呼んでいる。
例えば販路拡大や市場開拓はそれに伴う設備投資や生産性、販売価格における粗利など作り手側の整理とそれを見込める程のマーケットや需要があるかどうかの買い手側の問題がある。
買い手側は常に変化していくのでそれに敏感でなくてはならずこれも厄介だ。
また自力で売る事が出来なければ売り手を探さなければいけず、市場開拓といえどこういうことに常日頃から仕事の中で慣れなくてはいけないのだ。
そんなことよりつべこべ言わずやってみようということもあるのだが、ほとんどが挫折して途中になっているのが現状である。
モノを売るだけでもこんなに大変なのである。
結局下地づくりは気持ちが入った下地でなくては厚さや層や広がりに繋がっていかない。
加えて何ヶ月何年になるか結局芽が出ずに終わるか、それはわからないけど良い下地を持ってるかどうかで当然それから先のやる事全てに影響してくる。

才能

イタリア料理の笹森さん、芸人シソンヌのじろうさん、九谷焼の上出さん、分野は違えどほとばしる才能で仕事をさばく彼らを見ると妙に新鮮で、幼い頃に持っていた憧憬のような感覚を覚えます。
同時に、自分のモノづくりとしての立ち位置を教えられている気もします。
彼らとの出会いに、まずは感謝。

 

おったってまる

自分の実力以上のことを発揮しなければならない場合、普段使わない頭をフル回転して考える。
当然慣れないことをしてるものだから、考えるだけでとてつもないエネルギーが必要となり、それだけで身も心もおったってまる。