道具考 マキタルーター

木工屋として家具や木のモノを製作するには、手道具、電動工具、木工機械を使いこなすことが大前提になる。
順番も手道具で仕込みや刃物研ぎを覚え、電動工具で刃の回転方向やセットの仕方を習得し、木工機械では精度と加工をきちんと理解しようやく基礎ができる。
便利さもこの順序で、上手く自分の手のように使いこなせていっぱしの職人である。
電動工具は何社か大きなメーカーがあるが、私の知る木工屋はマキタ派が多い。
うちもマキタ派。
インパクトドライバーやサンダー類、草刈り機、掃除機までマキタ。
マキタ愛が止まりません。
その電動工具の中でも頂点にあるのがルーターで、先に述べた電動工具と木工機械の要素を併せ持つ優れものです。
ルーターを使いこなせればかなりの家具や木のモノを製作できる。
うちのマキタのルーターは三代目。
旧式のルーターに比べ、使い易くこれ以上ないくらい進歩した。
道具はとにかく使ってみないとその真価は問えない。
マキタのルーター、サイコー。

10年前

過去に自分たちが作ったものを取り出して度々眺めます。
その時にサイズ感や佇まいがやっぱりいいなぁと思えば本物です。
これはフィスカースの家具職人のカリビィルタネンさんからの教えです。
この蕎麦猪口と薬味入れのセットは10年前のもの。
コーヒーカップにも使える優れもの。
栃の木に拭き漆と紗の仕上げ。

木工家 マイケル ハーウィッツ

1997年、アーティストインレジデンスでわにもっこにやってきたマイケル ハーウィッツさん。
20年の節目にあたる今年3月、フィラデルフィアのマイケルさんの工房を訪ねた。
作品のデザインセンスや高い技術力はもちろんのこと、仕事のマネージメント力、木工家としての矜持は変わらず、アメリカと日本の生活文化、家具に対しての作り手の考え方は違えど、正直自分との差を肌で感じました。
1997年はホテルのロビーのベンチ。
2009年にはマリナラインシリーズとマイケルさんデザインの家具は何度か手掛けさせて頂いた。
その度にいつも細やかなセンスに感心してきた。
現在、マイケルさんは60歳。
仕事場は広く新しく、仕事への追求はとどまることを知らない。趣味はサルサ。
水のように柔らかくそして自由に流れる。
自分もこうありたいと思う。

 

 

 

ジョージナカシマとウォートンエシャリック

デザインやモノづくりの国といえばヨーロッパを連想しがちだが、日本は多分にしてアメリカの影響を受けている。
自分の好きなアメリカと言えば、いわずとしれたジャズ、コルトレーン。
ボサノバ、”イパネマの娘”はスタンゲッツとアストラッドジルベルト。
キューブリックの映画。音楽はシカゴやアースウィンデントファイヤー、伝説のウッドストック。
バスケはアイバーソン、アートはアンディウォーホル、アップル、ナイキ、ザ・ノースフェイス、コーヒーはスタバ。
師がデザインしたケトルはビタクラフト、ミッドセンチュリーの家具=イームズ、ベルトイア、ジョージネルソンなどのデザイナー。
家具づくりではシェーカー家具、ジェームズクレノフ、そしてジョージナカシマ。
気が付けばたくさんの本物のアメリカ文化が自分の周辺にある。

今は亡きジョージナカシマは言わずと知れたアメリカを代表するウッドワーカー。
日本では桜製作所がナカシマのライセンスを持ち製作している。
ナカシマを敬愛する日本の木工家は多い。

ウォートンエシャリックはスタジオファニチャーを確立した第一人者。
ひじ掛けのない方のチェアはアメリカの伝統的な生活道具である木づちの柄を使用している。

冬の雪と寒さがあるからこそ

2017年の2月は大雪でした。
近年稀にみる仕事の忙しさと、今冬の雪で体力と気力がへなへなになりました。
雪はしんしんと降るのではなく、のつのつと積もるのです。
加え、大体気温は氷点下。
素手の作業、機械の鋸やサンダーのモーターなどで冷たい風がこたえる。
こんなことを言ってたら、周りやもっと寒い所で生活している人には申し訳ないが。
この厳しい環境があるからこそちょっとやそっとではへこたれません。
この冬の寒さがあるからこそ、ここに住む私たちは”春”に特別な想いを抱く。
雪代と霞。山のマンサクの花が咲き始めたら青森ヒバの花が咲く。
里はサンシュユやレンギョウ。すぐ後に梅、辛夷、桜と続く。
もうわんつかで春だばな。
けっぱれなどわ。

孤独の鳥

ラインホルトメスナーのナンガ・パルバード単独行の中で引用されている言葉です。

一羽の孤独の鳥には五つの条件がある。
第一は最高点まで飛ぶこと。
第二はたとえ自分と同類であろうとも仲間を欲しがらないこと。
第三はくちばしを天に向けること。
第四は一つの決まった色をしないこと。
第五はごくかすかな声で歌うこと。

浜田剛爾さん

mail369-0-0mail369-0-2

先日、浜田剛爾さんの偲ぶ会が都内で行われました。
アーティストや美術関係者で賑やかでした。
わにもっこもINAX時代から本当にお世話になりました。
浜田さんに会えるのが何よりの楽しみで青森市へ通いました。
たくさんの思い出をありがとうございました。